自分の思う「エモい」を言語化してみた

ちょっと前に「エモい」について書いたブログが話題になった。今世の中で広く使われている「エモい」のニュアンスに違和感があるっていう内容の記事。

Twitterですごい勢いで拡散されていて、賛否両論たくさんの意見が寄せられていた。自分の周りやと「否」の意見の方が多かったのかな。

Link: 「エモい」という言葉が世に溢れてしまったことが許せない理由 | Letters To You

 

自分はどうだったかといえば、こういう文章を書くに至った気持ちにかなり共感した。さすがに「許せない」とまでは思わないものの、世間一般で使われている「エモい」の有象無象感を快く思ってないところがあるから。

「ヤバい」や「かわいい」と同じくらい、使う人や使われる場面によっていろんな意味を持つ言葉になってしまったけど、自分の思う「エモい」はそんなフワフワしたやつじゃない、って。

 

それで、ふと思った。自分の思う「エモい」は、言葉で具体的に説明するならどういう感情を表す言葉なんやろうって。

残念ながらすぐには答えが浮かばなかったから、ちょっと時間をとって考えてみた。

 

まずは、どんな場面で自分が「エモい」と感じるか、具体的なケースから考えてみることにした。

自分がエモいと感じる場面、その大部分は、ふとしたきっかけで昔を振り返ることになった時に訪れる。

たとえば毎年「エモい」と思うのが、春の始まりの匂いがしたのをきっかけに、大学に入学するときの自分の気持ちを思い出すとき。

やっと受験勉強から解放されて、あれもしたいこれもしたい、あれもやってやる全部やってやるって感じで希望に満ち溢れた気持ちやった大学に入る直前の自分の気持ち、それが匂いを嗅ぐことで思い起こされたときに、「あぁ、エモいなぁ」って思う。

 

あと最近の例やと、下にリンクを貼った動画を見た時にも「エモい」って思った。The Startling Lineが名曲”Best of Me”をWarped Tourで演奏して、大シンガロングが起こった時の動画。

 

この例に関しては動画を見てすぐに「エモい」って思ったわけじゃない。

シンガロングは大好きやし、大合唱を聞いて鳥肌は立ったけど、それに対して湧き上がった感情は「すごいな」「いいな」であり、「エモい」ではなかった。そもそも自分の思う「エモい」は、即時的に出てくる感情ではない。

じゃあ、いつ「エモい」と感じたのかと言えば、動画を見たあとで”Best of Me”の歌詞を反芻して、会場にいる人たちのことを考えたとき。

もし、自分と同じくらい年を重ねた人があの会場にいたとしたら、”We got older but we’re still young”の部分を歌ったときにどんな気持ちになってるんやろうなぁって想像して、そのときに初めて「エモい」って思った。

 

こうやって「エモい」と思う場面を考えていくと、近い言葉としては「切ない」「趣深い」「ノスタルジック」あたりが当てはまりそうだなってことが分かってきた。どの一つの言葉でも言い表せない、全てが混ざりあったような感情、それが自分の思う「エモい」なのかなって。

「エモい」を「切ない」に置き換えられないのは、「エモい」と思っているときどこかで「あぁ、なんかいいなぁ」って肯定的に感じてるから。逆に「趣深い」に置き換えられないのは、「エモい」に切なさの持つ要素が不可欠だから。

一番近いと思ってた「ノスタルジック」と「エモい」も、時間軸な観点で考えると置き換えられないことが分かった。ノスタルジックはかならず遠い昔を振り返って感じることやけど、「エモい」は現在のことでも思考を巡らした結果、感じることはあるから。

 

そんなこんなで、いろいろ考えた結果、自分の中でまとまった「エモい」の定義がこちら。

 「切なさを客観視したときに感じる趣深さ」

単に自分が一人称となって切なさを感じた時には「エモい」は感じず、それを時間をある程度かけて客観視したときに「あぁ、なんかいいなぁ」ってしみじみする感じが「エモい」やと思うんで、上のような結論になりました。

 

自分がこういう「エモい観」を手に入れるにあたって、一般的にEmoとされてる音楽が影響してることは確か。

なるほど確かにEmoって呼ばれてる音楽を聴くと、なんとなく同じような感情が喚起されるなぁって思ってて、今まではそのなんとなくの感情を総称して「エモい」って呼んでた感じ。

じゃあどんなバンドがEmoに分類されるねん、お前の考えでは〇〇ってバンドはEmoに含まれるのか、そういうEmo原理主義の方からの意見や質問はお断りやけど、Emo好きの人たちで集まって各自の「エモい観」を語り合う会みたいなのはやってみたいなぁ。

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